2021年11月16日
元信託銀行・株式ファンドマネージャーから No.26
<現役財務省トップが明言!日本が将来財政破綻する?>
2021年10月末の衆議院議員総選挙直前に、現役の財務次官が実名で有名月刊誌に「このままでは国家財政は破綻する」と題した文章の寄稿をするという前代未聞の出来事がありました。
折しも総選挙前に、野党の一部を中心に「消費税廃止、軽減」や「給付金の拡充」といった政策が競われていました。
こうした流れを受け、寄稿文の冒頭で「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえある」と記されてあります。
財務省のトップとしての危機感なのか、おふざけになっているのか、財務省という組織全体の意向なのか、はたまた与党自民党、官界、経済界、学界など、日本のエスタブリッシュメントの総意を汲んだものか、その動機は判然としません。
失われた30年と言われる平成という時代の経済政策をデザインしてきた財務省を中心とする日本のエスタブリッシュメントの驕りが顕著に見られます。誰が名付けたのかはわかりませんが、いわゆる「上級国民」の振舞いそのもので、「賢い自分達が、愚かな国民どもを指導する」といった「上から目線」の物言いであり、自民党の高市政調会長の「大変失礼な言い方だ」という反応は至極まっとうなものであると筆者は大いに共感します。古くから平等意識が強い日本という国柄にそぐわない格差社会を助長する意識が財務省を中心とする官界の中に根付いているのだとしたら、それは実に嘆かわしいことです。
一連の問題のひとつに、寄稿した内容が、はたして現実をフェアに分析した結果からでてきた結論なのか?という点があげられます。結論から申し上げると戦争などの厳しい前提をつけない限り、これは間違いであると言ってよいと思います。中央政府が破綻するか否かの判断は、一般会計の当初予算における歳入と歳出だけでは判断できません。それは予算段階の単年度の収支を示したものに過ぎません。
コロナウィルス対策の影響がない2019年度の歳出入を決算ベースで見てみます。歳出総額は101.4兆円です。歳入は、税収が58.4兆円、公債金が36.6兆円、その他収入が7.4兆円、前年度剰余金受入(!)が6.7兆円で、合計109.2兆円です。歳入に占める公債金の割合は33.5%です。しかし国債費22.3兆円の大部分が借換え資金なので、ネットの公債金(公債金―国債費)14.3兆円の歳入に占める割合は13.1%まで小さくなります。
高齢化が進み、固定的支出である社会保障関係費(33.5兆円)が大きい状況において、公共事業費、教育関係予算、防衛費等を抑制しているため、単年度の赤字は抑制されています。おそらく景気により税収額にブレが生じる所得税や法人税より、消費税のウェイトを高めることにより、徴税の確実性を高め、その一方で名目GDPの成長を犠牲にしたのだと思われます。
そもそも、家計部門や民間非金融法人部門とは違い、政府部門は公権力を持った経済主体なので、程度問題とはいえ、将来の徴税権を担保に国債等の借入れで賄うことに大きな問題はないと筆者は考えます。
国家が将来を見通して、教育やインフラ等に先行投資し、またメンテナンスのために投資し続けることは、変な中抜きが少なければ何ら問題ない政策であり、政府の政策の効果は世代を跨ぐことが一般的だからです。
日本の場合、その資金を海外から借り入れているわけではなく、最終的な債権者が国内の他の経済主体(家計部門と民間非金融法人部門)であるのですから、何の問題もありません。
たしかに高齢化による社会保障費の増加はありますが、それすら高齢者層を中心とした家計を中心とする民間部門の資産で賄われていれば、問題ないのです。
日本銀行が発表した2021年4~6月の資金循環統計(速報値)によれば、2021年6月末の家計部門の金融資産は1,992兆円、民間非金融法人部門の金融資産は1,226兆円もあります。
参考図表:2021年第2四半期の資金循環(速報) (boj.or.jp)
一方、2021年6月末の国債発行残高は約1,224兆円です。しかも国債発行残高のうち540兆円は日本銀行が保有しています。日本銀行は日本政府の実質的な連結子会社ですから、統合政府(日本政府+日本銀行)においてネットで684兆円の負債があることになります。
上述の通り、家計部門+民間非金融法人部門の金融資産だけで、合計3,218兆円です。この数字と日本政府のネットの負債684兆円を比べて、国家財政が近い将来破綻するという結論が導き出されるでしょうか?民間部門は、中央政府の負債を補ってなお大きな余剰を持っており、対外債権を持っています。最近の米国株投資ブームも、民間部門に大きな余力があるからこそ起きているのです。
資金循環統計上の主体(家計部門、民間非金融法人部門、政府部門、海外部門の各主体)毎に分けて考えればわかることですが、日本の将来世代が担う家計部門は、政府部門の負債を家計部門の資産として相続します。また、世代交代がない法人の場合は、資産と負債がそこにあるだけなのです。
少子高齢化と一括りで語られることが多いのですが、高齢化の問題がどうしようもない以上、対処できるのは少子化問題だけです。子育て世代(のみならず全世帯の)の実質可処分所得を増やし、経済的にも精神的にも余裕がある社会をつくり、安心して子供をつくり、育てることができる社会にすべきだと筆者は考えます。
平成という時代は財務省のプライマリーバランス黒字化目標が優先され、消費税の引き上げが優先され、本来果たされるべきであった国民の実質可処分所得の増加という抜本的な少子化対策が行われませんでした。
以下URL、財務省HPに「平成30年度 国の財務書類(一般会計・特別会計)」が示されています。
国の財務書類(平成30年度) : 財務省 (mof.go.jp)
この財務書類の中の貸借対照表では、平成31年3月末時点で、資産と負債の差額が約△583兆円となっていますが、ざっくりみて約500兆円としましょう。
貸借対照表には本来連結対象となる日本銀行は、中央銀行の独立性と、出資金のみ計上しているもののそれ自体が僅少であること等を理由に連結されていません。日本銀行を連結するとどのような貸借対照表になるのでしょうか?
統合政府(日本政府+日本銀行)のネット負債額は変化しませんが、国債という負債を、日本銀行券(お札)で約100兆円、日銀当座預金で約400兆円、(合計約500兆円)に置き換えているとみることもできます。
日本銀行を連結する前とネットの負債が大きく変わるわけではないのですが、日本銀行券には償還期限がありませんし、日銀当座預金は金融政策によってコントロールできるので、民間部門の借金のように、償還期限があるわけではないのです。つまり、国債から償還期限も金利もつかない負債に置き換ええられただけです。
財務省は国債の金利を払うのも惜しいと、黒田日銀総裁と組んで金利の付かない負債の割合を増やしたと思われます。
ワニの口理論で散々不安を煽ってきた財務省ですが、「中央政府+特別会計所管の特別行政法人」の財務状態があまりに悪いと「財務省は何をやっていたのだ」ということになり、バツが悪いと思ったのか、「平成30年度 国の財務書類(一般会計・特別会計)」の貸借対照表注記に「そんなに心配しなくていい」と受け取ることができる以下のメッセージが入れてあります。
(注2)
「国が保有する資産には、国において直接公共の用に供する目的で保有している公共用財産のように、売却して現金化することを基本的に予定していない資産が相当程度含まれている。このため、資産・負債差額が必ずしも将来の国民負担となる額を示すものではない点に留意する必要がある」
(令和3年11月)
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