<ジャーディン・マセソンとケズウィック・ファミリー>
ホーム > <ジャーディン・マセソンとケズウィック・ファミリー>

<ジャーディン・マセソンとケズウィック・ファミリー>

 

元信託銀行・株式ファンドマネージャーから No.16

 

<ジャーディン・マセソンとケズウィック・ファミリー>

 

 歴史の教科書に登場するイギリス東インド会社は、ウィキペディアによれば、「17世紀から19世紀半ばにかけてアジア各地の植民地経営や交易に従事。インド大反乱の後、インドの統治権をイギリス王室に譲渡し、1858年に解散した。」だそうです。

 ただ、東インド会社を前身とする元貿易会社は、現在でも存在します。

 それが有名なジャーディン・マセソン・ホールディングスです。

 同社は、ウィキペディアによれば、「1832年、スコットランド出身のイギリス東インド会社元船医で貿易商人のウィリアム・ジャーディンとジェームス・マセソンにより、中国の広州(沙面島)に設立され、中国語名は「怡和洋行」。当時、広州は広東システム体制下、ヨーロッパ商人に唯一開かれた貿易港だった。

 また、設立当初の主な業務は、アヘンの密輸と茶のイギリスへの輸出。香港上海銀行(HSBC)は、ジャーディン・マセソンなどが香港で稼いだ資金をイギリス本国に送金するために設立された銀行である。

 清とイギリスとの間で1840年から2年間にわたって行われたアヘン戦争に深く関わっている。アヘンの輸入を規制しようとする清朝政府とイギリスの争いが起こった際に、当時のアヘン商人の一つであるジャーディン・マセソン商会のロビー活動により、イギリス本国の国会は9票という僅差で軍の派遣を決定した。」とあります。「香港が中国に返還されるまでは、イギリス植民地資本であるジャーディン・マセソンの役員や幹部らがイギリス植民地下の香港行政局(現在の行政会議 )の非官守(官職)議員として参加し、香港政庁の政策に影響力を行使していた。」のだそうです。

 同社は、日本の幕末・明治維新に関与していますが、「現在のジャーディン・マセソン・グループは、ウィリアム・ジャーディンの死後、甥であるウィリアム・ケズウィックの子孫によって運営され、その影響力は今なお健在である。現在でも国際コングロマリットとして香港を中心に中国・シンガポール・アメリカ・ヨーロッパ・オーストラリア・中東・アフリカの一部で活発に展開しており、香港では香港政庁に次ぐ就業者数を誇っている。」のだそうです。

 「1988年、持株会社制度を導入。ケズウィック・ファミリーがロンドンの持株会社を支配し、ロンドン証券取引所とシンガポール証券取引所で上場。現在の持株会社の会長(別称:大班)は、ケズウィック・ファミリー6代目当主のヘンリー・ケズウィック。同社の組織構造はほぼ完全に変わったが、ウィリアム・ジャーディンの一族が秘密トラストと共同株主による複雑な株式持合いにより企業支配を続けている。」という事実はあまり知られていないのではないでしょうか?この事実に鑑みれば、「コーポレート・ガバナンスを真剣に強化しようとしている日本企業は、お人好し」と映るかもしれません。

 

 

金融商品仲介業に関する表示はこちら